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新薬師寺
久々の寺社仏閣巡り。

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ここ数日続く曇り空を「今日は晴れ間がでないか」と朝からボーっと空を眺めていました。
午前10時過ぎ数分間空に晴れ間と日差しが戻ってきました。

急いでカメラを持って奈良市高畑にある「新薬師寺」へと向かいました。
NY在住の古い知人よりこの寺の写真を頼まれていたからです。
おそらく連日の雨で桜の花びらはほとんど散っているだろうけど、できるだけいい写真を撮ろうと思い急ぎ車を走らせました。

「新薬師寺」は聖武天皇眼病平癒祈願の為、天平19年(747年)勅願により光明皇后によって建立されました。

当時東大寺と共に南都十大寺の一つに数えられていました。
「続日本紀」によれば宝亀11年(780年)西塔に落雷、瞬時にして炎上、現本堂のみが焼け残りました。

創建時の新薬師寺は金堂、東西両塔などの七堂伽藍が建ち並ぶ大寺院でした。
最盛期には現在の奈良教育大学のキャンパスあたりまでが新薬師寺の境内地であったといいます。

寺名の「新」は「あたらしい」ではなく、「霊験あらたかな」の意味。

治承4年(1180年)あの平重衡の兵火で、東大寺、興福寺は主要伽藍を焼失したが、新薬師寺は焼け残りました。

桜の方はやはり連日の雨でかなり散っていましたが、本堂がどこか元々のひっそりと小じんまりとした雰囲気でたたずんでいました。
こういうお寺はむしろ奈良らしくて結構好きです。

帰りに南門の地面に金と銀のかえるが「気をつけてお帰りください」とお見送りしてくれました。
なかなか奈良らしく(?)シャレのつもりなのでしょうか。
そういえば「元興寺」にもかえるの置物があったような・・・。

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20枚近く撮影しましたが、見れそうな写真は6枚くらいしかありませんが一応こちらにアップしておきます。
醍醐の花見
今年も行って来ました!
京都の醍醐寺。

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朝9時半に現地到着もなんと駐車場はすでに満車状態。
仕方なく少し離れた場所にある地下鉄の市営駐車場に車を駐車。

本日は桜の満開のピーク。
土曜日という事もあり観光客も本当にいっぱいでおおいに賑わっていました。

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天気もよく青空に桜が見事にマッチ。
本当に奇麗でした。
とにかくここ、醍醐寺の桜は強烈です。
今がまさに見頃のピーク。

何本かある枝垂れ桜がまさにディープインパクト!

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また来年も来ようと思います。
奇麗な写真がいっぱいとれたので、こちらでご覧ください。

桜、次は吉野かな。
タインミングが難しいけど、頑張ってみます。
氷室神社、枝垂れ桜
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奈良市、奈良国立博物館(新館)前の道路を挟んで、北向かいにある「氷室神社」にいってきました。

今日は土曜日で天気もよく午後から出かけました。
予想はしてましたが駐車場はどこも満車状態。
半ばあきらめかけていましたが、ようやく空車有りの駐車場を発見。
そこに車を駐車してベビーカーを押しながら妻と3人で奈良公園方面に向かいました。
東大寺の手前に「氷室神社」という神社があり、ここの枝垂れ桜は結構有名なので立ち寄ってみたところ、まさに満開状態でした。

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薄紅色が蒼天にかがやき、流れ落ちるように豪快な枝垂れ桜。

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もう一枚。

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とにかく人も多くて撮影も大変でしたがなんとかいい写真がとれました。
その他の写真はこちら
福知山、天寧寺
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京都府福知山の北方の山間にある禅宗寺院、「天寧寺」へ行ってきました。

正式名は、紫金山天寧寺。
臨済宗妙心寺派にあたります。

南北朝時代の1365年(貞治4)に、夢窓国師の弟子で元に渡って禅を修行した名僧、「愚中周及」が開山したと言われています。

足利義持ら将軍家からも信奉され、室町時代の禅宗文化を伝える名刹です。

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境内の薬師堂は、寛政6年(1794)に建立され、方三間もこし付という禅宗仏殿の正規の形式をもち、京都府北部の代表的建築として京都府の文化財に指定されています。

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開山愚中周及の画像や十六羅漢像など多くの文化財が残され、禅宗文化の粋を伝えています。
法隆寺
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今更説明不要の、奈良が世界に誇る日本で一番最初の世界文化遺産「法隆寺」。

「とよしん寺社仏閣巡り紀行」、とりあえず法隆寺にも行っておかないと。
とりわけ私が今回特に見たかったのが金堂の柱に施された「龍の彫刻」。

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これ見たさにわざわざ行ってまいりました。

御覧のように、柱に龍が巻きついています。
創建当初はなかったようです。

建物というのは未来永劫その形がそのままであるということはありえません。
「なるべくもとの姿に直す」 というのは、あくまでも近現代の考え方で、それ以前は「修理のついでに」 改造や何かを付け加えるということが当たり前でした。

この柱の龍は、元禄時代(18世紀初頭)の 法隆寺大修理のときにつけられたもののようです。

長野の諏訪湖には龍神が住むと言われています。
神無月とは日本の八百万の神様達が出雲大社に集まる時期で日本各地で神様がお留守になることからそう言われています。
しかし諏訪湖に住む龍神は出雲に行ってもその尻尾は諏訪の松に巻き付いて残ったままだったと言われています。
それを見た他の神々は「信濃はさぞ遠くて大変であろう、これからはどうかお国にいて下され。会議の模様や相談はこちらから出向いて知らせにいきます」と、あわてふためいたとされています。
この事から信州諏訪には神無月が無いとも言われています。

風水でいう気脈とは「龍脈」とも言います。
龍とはエネルギーその物なのでしょうか。

諏訪大社は日本有数のパワースポットとして有名ですが、昨年の夏実際に訪れた際、こんな私でさえも何かただならぬ物を感じたほどです。
なんというか心が安らぐというか身体の奥底から力が満ち満ちてくるという不思議な感覚に見舞われたのを今でもはっきりと覚えています。

話は脱線しましたが、この法隆寺金堂の龍の彫刻は見事としか言いようがありません。

法隆寺は一応世界最古の木造建築なのでその写真も載せておきます。
右が五重塔、左が金堂。
金堂の柱のところに龍の彫刻があるの、わかります?

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また、早くも境内には満開の桜が一本ありなかなか見事でした。

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「とよしん寺社仏閣巡り紀行」、次回はいずこへ・・・
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